ロング フォー ユー



―凌霄花(のうぜんかずら)―


初夏の強い日差しの中で、その名前の印象とは対照的な南国の花にも似た明るい橙色(だいだいいろ)の花が、蔓生(つるせい)の枝に咲き乱れる。


「霄(そら=天)を凌ぐ(しのぐ)勢いで咲き誇る花という意味さ」

左右対称に二対、その先端が真っ青な空に溶け込むかのような凌霄花の前で

「白瀬君、はじめて見たの?」

本条先生が意外そうな顔で聞いた。







少し花を摘ませて下さいと先生に頼みに行ったら、

「いいよ、どれでも好きなだけ」

と、気軽に許可をくれた。

今の時期はやはりバラが一番綺麗だ。

温室のバラではなくて、野外に咲いている野バラがい
い。

小さめでパステルカラーのようなふわりとした黄色が似合いそうだ。




少し気取って和花さんから取り上げたハンカチ。

いざ返す段取りになると、何だかその時の自分が照れくさくて返せないままでいた。

明日の日曜日、和花さんにハンカチを返しに行こう。

覚えていてくれているだろうか。

そんなことさえ気にかかる。

・・・和花さんが好きなのは先生なのに。


わかってはいても、意識の外で膨らむ思いが僕を惑わせる。



野ばらを摘んで帰り道、色鮮やかに目に飛び込んできた凌霄花の木。

足を止めて見入る僕に、先生がその名の由来を説明してくれた。

それはありがたかったけれど・・・ほんとうはひとりで花摘みをしたかった。



「何を摘むの?」

花屋の奥の部屋で、先生は摘んだ花を側面のガラスケースに移し替えていた。

「バラを・・・この時期は野バラがいいかなと思うので」

素早く剪定バサミとカゴを持って部屋を出ようとしたところに、

「白瀬君、手伝ってあげようか?」

先生の声がした。

手元を見ると、まだ花の茎を切り揃えている最中だった。


「・・・先生も忙しいのに。少しだけなので大丈夫です」

「終わった」

「えっ?」

先生は切り揃えた花で簡単な花束を5つくらい作ると、店先のバケツの中に入れた。

テーブルや床に散らばった茎や葉はそのままだ。

「たまには僕が手伝ってあげるよ」

それならテーブルや床の後始末の方をしておいて欲しい。

「ここは後で掃いておいてくれてたらいいから」

・・・予想通りの言葉で、先生は僕の後について来た。



同じバラでも、野外のバラ園は温室のバラ園とはまた違うおもむきがある。

温室のバラはあでやかな品種を誇るものが多く、堂々とあるいは可憐に一年を通じて咲いている。

野外のバラはどんなに小さな淡い色合いのものでも、自然の中で咲くその姿に力強さを感じる。


「貸してごらん、摘んであげるよ」

先生が右手を差し出した。

「いえ、僕が摘みますから。自分のなので。
・・・手伝って下さるのでしたら先生はカゴを持って
いて下さい」

そう言ってカゴを渡すと、先生は少しつまらなさそうな顔をしたけど、これは譲れなかった。

摘み始めると、野ばらの小さなトゲで手を引っ掻いた。

トゲを避けるようにハサミを入れると、
角度が悪いのか鈍いカットの音がした。

その度に後ろから先生の声がかかる。


「乱暴なカットだね」


「力を入れすぎなんだ」


「トゲを潰してるよ」


「手際が悪いね。そんなのじゃ、バラのカットは任せられないな」


任せてもらわなくてもけっこうですから、言い返しそうになるのを喉の奥に飲み込んで、

「すみません、もうこれで・・・」

先生からカゴを受け取った。


「またお母さんに送るの?僕が少しアレンジしてあげようか」

嬉しそうな顔を僕に向けて先生が言った。

花をアレンジメントしている時の先生は本当に嬉しそうだ。

式典用に飾る花も店先のバケツに
入れておく花も、見つめる先生の目は同じだ。


「母じゃないです。あの・・・せっかくですけど、これは僕のお詫びのしるしなので。
自分でしない
と、意味がないような気がするので」

返しそびれて持ったままのハンカチ。

でもたった一枚のハンカチのこと、相手も覚えているかど
うかさえわからないのに。

お詫びのしるしなんて、取ってつけたような理由が見え見えだ。


だけど今の僕にはそんな理由でさえ必要だ。

目の前に先生がいるのに・・・。それでも会いたいと思う。


「ふ〜ん・・・別にいいけど。誰かに何かしたの?」


・・・何だか少しずつ、先生の誘導尋問にはまっているような気がする。


「したわけじゃないですけど・・・和花さんのハンカチを持ったままだったので。
和花さん、覚えて
ますか?」


「うん」


即答した先生のあまりにも短い言葉は、軽い失望感を僕に与えた。


―どうして君がそんなもの持ってるんだい?―


いっそのことそんなふうに聞いてくれたほうが良かった。


「長く持ったままだったので、・・・ハンカチだけ返すのなんて野暮ったいじゃないですか」


精一杯の笑顔を先生に向けた。けして失望感など悟られないように。


「そんなものなのかい・・・」

先生はわかったような、わからないような返事をした。



ひとりの女性が先生と僕の中に居る。




それから後は、先生も僕も何だか寡黙になって宿舎への道を歩いた。

その途中で目を奪われた凌霄花の木。

「ハサミを貸して。・・・白瀬君」

「・・・あっ、はい」


先生は枝蔓に手を掛けてハサミを入れた。

パチン!パチン!パチン! 綺麗に音が揃う。

「今が時期だからね。夏の季語にもなっているんだよ。ちょうど良かった」

切り落とした枝蔓を手に、おみやげが出来たと先生は言った。







宿舎の入り口で先生と別れて、花屋の奥の部屋に戻る。

摘んだ野ばらはカゴごと一旦ガラスケースの棚の上に置かせてもらって、とりあえず葉や茎で散らかった部屋を掃除した。

結局どちらが手伝っているのかわからない・・・。


―掃いておいてくれてたらいいから―


出しっ放しのハサミや紐やバケツなど、床は長靴についた土で泥だらけだ。

掃くだけで掃除が済んだためしはない。

・・・なんて、今に始まったことではないのに。

やるせない自分の思いがつい先生に向けられ
る・・・これではまるで嫉妬と同じだ。

フゥッとため息をついて、テーブルの椅子に腰掛ける。

片肘をつきながら少しぼんやりと、ガラスケースの中に活けられている花々を眺めていた。


―突然、


バターンッ!!


乱暴に扉の開く音がした。


「何だ、居るのかよ。・・・白瀬か」


「・・・扉は静かに開けるものだよ」


着崩した学生服。無造作に伸ばした髪が肩先にかかっている。その格好だけで完全に規則違反だった。

フンッと一瞥するように僕を見る。高等部一年生の時のクラスメイト。



現、高等部三年生 ―関谷 幸夫(せきや ゆきお)―


「相変わらずすましてんのな、お前」

関谷は荒々しくテーブルの椅子を引いた。

「関谷・・・そんな格好していたら、いつまでたってもここを出られないよ」

元々気性の荒い方だった。一年の時も何度か大げんかになるところを止めたことがある。

れでも謹慎までにはならなかったのだが・・・。


「よう・・・それ先輩のアドバイス?」

椅子に座ったままテーブルに両足をドカッと乗せて、両手を頭の後ろで組む。関谷はおどけるように僕を見た。

「・・・関谷らしいね。だけどもう冗談なんて言ってられないだろ」

「そうだよなぁ・・・。担任殴っちまって退学の一歩手前だもんなぁ」

そう言う割には、さほどの深刻さは感じられなかった。

テーブルに足を乗せたまま、まるで他人事
のような関谷だった。

本当は花束まで作りたかったけれど、関谷がいたのでは集中出来ない。

掃除だけは済ました
ので、仕方なく明日の朝もう一度ここに寄る事にした。


「何だ!?もう帰るのか、ちょっと待てよ」

部屋を出て行こうとする僕に、関谷は慌ててテーブルから足を下ろして体を起こした。


「白瀬、さっきまであいつと居たんだろ。俺を凌霄花のところまで連れて行ってくれ」


先生をあいつ呼ばわりする関谷から、およそ柄でもない言葉が漏れた。





一度往復した道を、今度は関谷と往復する。


「だけどちょっと驚いたよ、関谷が花を見たいだなんて」

「俺に花は似合わねぇってか・・・」

関谷が自嘲気味に笑って言った。

先生が持って帰った凌霄花の切り枝は、関谷の部屋に飾るためのものだったそうだ。

「俺の家の庭にも咲いてたんだ。ずいぶん前だけど・・・」

「ああ、それで。先生は知っていたんだね。おみやげが出来たって喜んでたよ」

横並びで歩く。とりとめのない話にいちいちお互い顔を見合すこともない。


「おみやげねぇ・・・」


呟いた関谷の表情を、僕は窺い知ることは出来なかった。



「ほら、あれだよ。二対。僕ははじめて見たよ。
でもあれが庭に咲いてたなんて、関谷の家は大
きいんだね」


全体の見える距離で足を止めて、横に並ぶ関谷を見た。

しかし関谷は景観を見るというより
凌霄花の木が懐かしいのだろうか、そのまま花の傍に近づいていった。

関谷が蔓枝の花に触れる。扉や椅子や物に当たる荒々しさなどみじんもなかった。

花から手を離すと、またいつもの関谷だった。

学生服のズボンに両手を突っ込んで、真上を見
上げていた。



「・・・関谷?」

思わず自分の目を疑った。

関谷がポケットから抜いた手にはライターが握られていた。

その手を花のところまで持って行く
と、関谷は静かな声で僕に言った。


「なぁ白瀬。これに火をつけたら良く燃えるだろうな。この花の色と同じに・・・」

途方もない言葉とは裏腹に、関谷の背中が微かに震えている。

「関谷!」

関谷を止めようとする気持ちは逸るばかりなのに、体が動かなかった。

荒々しいままの関谷な
ら、それは簡単なことなのに。


「先生・・・」


先生が僕の横をすっと通り過ぎて、ためらうことなく関谷に向かって行く。

振り返った関谷の前に先生は立った。

関谷は一瞬ぎょっとした顔を見せたが、すぐ表情を変えて小ばかにするような口ぶりで先生に言った。


「・・・何だよ、後つけて来たのかよ。趣味悪る・・・・」


バシィーーン!!


まだ言葉途中の関谷の右顔面を、いきなり先生が平手で打った。

炸裂音に近い激しい音と共に、関谷は顔面を押さえながら仰け反るようにその場にうずくまった。


「・・っ痛てぇ・・・、冗談なのによ・・・」

振り向いて見上げた関谷の目尻が釣り上がる。

憎悪の目で睨む関谷に対して、先生はあまりにも普通だった。


「そうかい。思慮の足りない奴のすることだからね」


ゆらりと立ち上がった関谷の手には、まだライターが握られたままだった。


「・・・なら、期待に応えてやるよ」


―メラッ・・・橙色の花びらが二重に見えた。


「火が・・・!」


僕が叫んだのと同時に先生が右手でその蔓枝を掴み、握り締めたまま滑らした。


ズズズゥーーーッ!!


葉はちぎれ花びらがバラバラに落ちる。その中に混じる赤い血しぶき。

熱と、蔓の節や蕾の突起の部分で、先生の手の平はひとたまりもなかった。

ライターが音もなく関谷の手から落ちた。

関谷は呆然となって、先生の姿を見ているだけだっ
た。


「部屋をめちゃくちゃにした次は、これかい?」


ブチッ!ブチッ!ブチィッ―!!


先生はこそぎ落とした蔓枝と数本を引きちぎった。


「・・・親父や担任から何を聞いたか知らねぇけど、わかった振りしてあんなもん持って来るあんたが悪いんだろ!」


叫ぶ関谷と先生が真正面から向き合う。

先生は関谷の足元に転がるライターを拾い上げる
と、ポーンと僕の方に放った。


「君がいつまでも9歳のままでいるからさ。もう充分ひとりで起きあがれる歳じゃないのかい」

「くだらねぇことばかり聞きやがって・・・」

驚いたように目を見張る関谷は、悲しいまでに先生の言葉に反応していた。


「関谷、君のしたことの方がよほどくだらないだろ。そら、そこに手をつけ」


先生は何本か引きちぎった蔓枝の葉や花を落としてひとまとめによりながら、なめすように何度も手の平を滑らした。

さすがに関谷も動揺の色を隠せなかったが、それでも精一杯の抵抗を示した。


「・・・やなこった。どうせ退学になるんだ。もう関係ねぇじゃん」


「それが思慮が足りないって言うんだ。関谷!手をつけ!」


先生の有無を言わさない威圧感が、関谷をたじろがせた。


「それも出来ないのかい。なんなら膝の上に乗るかい。僕はどちらでもいいけど」


カッと関谷の顔が赤らんだ。そして逃げる事も抵抗する事も無駄とあきらめたのか、関谷はその場に手をついた。


「やり直し。ズボンと下着は下ろす」


「・・・マジかよ・・・くそっ!」


ズボンと下着を下ろして、関谷は再び手をついた。


ビシィーーーンッ!!


枝蔓の痛烈な一打が関谷の尻に振り下ろされた。


「ぎゃぁぁぁっ!!痛てぇーーー!!」


・・・情けないほどの大音声の悲鳴が関谷から上がった。

しかし先生はそんな関谷の悲鳴など全く意に介すことなく、枝蔓を振り下ろした。


ビシィーーーンッ!!ビシィーーーンッ!!ビシィーーーンッ!!


「うっ!・・・あぅっ!・・・うあぁぁ!」


打たれた数が関谷の尻に赤く刻まれる。

ビシィーーーンッ!!ビシィーーーンッ!!


さらに続けざまに打たれて、関谷の姿勢が崩れた。


「・・・ひっ、もう・・・だめ・・・痛てぇって・・・」


関谷の悲鳴も泣き言も先生は一切受け付けなかった。

た、姿勢の崩れた関谷に、先生は一旦振り下ろす手を止めて言った。


「関谷、姿勢が崩れてる。自分で体を起こしてごらん」





毎年夏にはお庭の凌霄花が咲き乱れて、
午後はその木陰でいつもおかぁちゃまと一緒。
冷えたスイカを食べたり、お昼寝したり。
小学校に上がったら、お勉強もした。
おかぁちゃまが九九を言うの。

―ににんがし、にしがはち、にろく・・・―

「じゅうに!」

―よくできました、ゆきおちゃん―

おかぁちゃまが頭を撫でてくれるの。
凌霄花の木の周りをぐるぐるぐるぐる、
走り回ってこけちゃった。

―あらあら、ゆきおちゃん―

おかぁちゃまが起こしてくれるの。

おとうちゃまはいつもお仕事、お仕事。
でも平気。おかぁちゃまと一緒。いつも一緒。

9歳の夏の日。
その年もお庭の凌霄花はたくさんの花が咲いて、

いつも通り午後からはおかぁちゃまと一緒。
おかぁちゃま、きょうは何をするの。おかぁちゃま・・・?
よそいきのお洋服を着てお出かけするの。
待ってよ、待ってよ、僕も行く。
僕も行く!走ってこけた。おかぁちゃま!
走ってこけた。僕はもうひとりで起きれるけれど、
起きたらおかぁちゃまが来てくれない。

―あらあら、ゆきおちゃん―

おかぁちゃまが来てくれない。





「男作って出て行ったくせに、帰って来やがったんだよ!
信じらんねぇ!!汚ねぇんだよ!!絶
対許さねぇ!!」


呻きながら地面にうずくまった関谷だったが、やり場のない心の憤りに声を荒げた。


「違うだろう、関谷。君が一番許せなかったのは、お父さんの方だろう」


うずくまる関谷が腕を震わしながら上半身を支え、体をねじって先生を見上げた。


「・・・先生、親父は・・・もうずっと前からおふくろとよりを戻してたんだ。
なのになんで俺には今
頃なんだよ!」


父親から話を聞いた直後から関谷はますます荒れた。

担任は関谷の父親を学校に呼び出し
原因を聞いて、解決の糸口を計ろうとしたがそこに関谷が来て暴れた。

父親に殴りかかろうとする関谷とそれを止めようとする担任と、もみ合う中でのことだった。



「言えないだろう。君はいつまでもあの時のままだ。
自分の気持ちだけを相手にぶつける。今
の姿がそうだ。関谷!姿勢!」


関谷が改めて手と膝をついて、四つん這いの姿勢を取った。

同時に、再び関谷の尻に枝蔓の一打が打ち下ろされた。


ピシーーーン!!ピシーーーン!!


「痛ぁぁぁーーーっ!!」


ピシーーーン!!ピシーーーン!!

ピシーーーン!!ピシーーーン!!


「うっ!・・あぅぅ・・・痛いーーー!!」


関谷は派手な喚き声は上げるものの、どうにか姿勢は保っていた。

突き抜けるような青空もいつの間にか陽が落ちて、夜間に鮮やかに浮き上がる凌霄花。

関谷が慕い続けた母の花。

先生が振り上げていた手を降ろした。

そして関谷の前に回り、目線を合すようにしゃがみ込ん
だ。


「関谷、事実だけに囚われてはいけないよ。
物事には必ず過程がある。君はもう何も知らない
子供じゃないだろう」


関谷は頷くことも首を振ることもなかった。先生は何かひとこと関谷に言ったようだった。

そして先生の左手がスッと延びて、関谷の頭を撫でた。


―よくできました、ゆきおちゃん―


おかぁちゃまが頭を撫でてくれるの。







「・・・関谷、情けないよ」

うつ伏せでまだ呻き声を上げる関谷の横に座った。

「・・・うるせぇ、痛いもんは痛いんだ」

関谷の顔が苦痛に歪む。その顔も右側が大きく腫れていた。


母親が出て行った翌年の夏、庭で咲き誇る花を見て荒れ狂う関谷に父親が凌霄花の木を処分した。


関谷は顔だけを花の方に向けていた。

「なぁ、白瀬・・・。やっぱり、綺麗だよなぁ・・・」

「もう一度、家の庭に咲かせてみる?挿し木ですぐ根がつくそうだよ」

横に座る僕に、花の方に顔を向けたままで関谷は言った。


「俺・・・やり直せるかな・・・」


その声はとても穏やかだった。





医務室から消毒液や火傷の薬、冷却シートを貰ってきて順番に治療する。

先生は宿舎に帰っていて、食堂のいつもの席に座っていた。

僕が行くと、何も言わないのに右手を差し出した

先生の肉厚な手の平は、ズルリと皮がむけていた。


「関谷はどうしてる?」


ウエットティッシュで周囲の泥を落として、消毒液をかける。


「まだ凌霄花のところに・・・動けないので。これから行きます」


火傷の薬を塗ってネット状の包帯を巻いた。


「じゃぁ連れて帰ってきたらレストルームの方に寝かしてやってくれるかい」

そういえば、部屋をめちゃくちゃにしたと言っていた。

「はい。先生は3〜4日は包帯をされていたほうがいいと思います」

関谷が待っている。返事もそこそこに、立ち上がった僕に先生は言った。

「予定があるんだ。明日は何時ごろ包帯を代えに来てくれるんだい」


「・・・先生、僕も予定がありますので、明日もあさっても包帯は医務室で代えて貰って下さい」







寝そべったまま、服も整えず関谷は待っていた。

「ごめん、待たせたね。ほら、冷却シート。これで冷やせば少しは楽になるよ」

ひとつはタオルに巻いて関谷に渡した。

「・・・白瀬、お前がこんなに世話焼きだったとは知らなかったぜ」

「そうだね、僕も自分で思う時があるよ」

もうひとつを関谷のお尻にはりつけると、また盛大な悲鳴を上げた。


凌霄花の枝垂れ咲く花の下、スゥーッと流れるような風が吹き抜けて寝ている関谷の髪がパラパラと乱れた。


「関谷、髪切れよ」

「・・・あいつと同じこと言うな」


夜空に瞬く満天の星、月の明かり。

柔らかな天上の光に包まれて、関谷から聞こえるかすかな寝息。

寝入ってしまった関谷の横で、まだ終わらない今日に、僕は明日への思いを募らせた。






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